今日は何の日?
8月29日は焼肉の日
「やき(8)に(2)く(9)」の語呂合わせから、全国焼肉協会が1993年から実施しています。
各地社会への貢献と販売促進を目的とし、全国各地の加盟店が、社会福祉施設などをお店に招待したり、出張バーベキューなどを実施しています。
日本語の「焼肉」という言葉は大きく二つの意味を持ち、肉を焼いた料理全般を指す場合と、肉や内臓にたれをつけ直火で焼きながら食べる特定の東洋料理を指す場合があります。
焼いた肉料理を指す「焼肉」という語の使用はより古く、例えば仮名垣魯文の『西洋料理通』(1872年)にはバーベキューの訳語として使用されています。
同年出版の『西洋料理指南』においても、獣肉を焼いた料理の意味で使用されています。
また、張赫宙の『権といふ男』(1933年)という小説では朝鮮料理の焼肉が登場しています。
一方、後者の東洋料理を指す「焼肉」は現在広く使用されており、調理器具として主に鉄板や焼網を用いたものをいいます。
一般的に「焼肉店」と称するレストランはこの料理を提供しています。
この場合、串焼きや陶板などを用いた調理法とは区別して呼称します。
総務省統計では「焼肉店」を東洋料理のものと限定しており、西欧料理(ステーキ店など)は含みません。
本格的に日本で焼肉が食べられるようになったのは戦後からで、比較的新しい文化です。
肉自体を食べていたのは飛鳥時代からですが、奈良時代の675年に天武天皇によって「殺生禁断令」が出され「牛・馬・犬・鶏」の肉を食べる事が禁じられ、一時期日本は食肉文化が途絶えました。
江戸時代に入っても食肉は禁じられていましたが、病人に狸や熊などの肉を滋養強壮のために食べさせる事はあったようです。
明治時代になり、日本海軍が牛肉を栄養食として採用したのは1870年の事でした。
1873年1月24日、明治天皇が国民に食肉を促すため、牛肉を食べました。
これにより、実質的に食肉の解禁となったそうです。
明治天皇が牛肉を食べたのは、牛肉を気味悪がっている人達が牛肉を食べている外国人を気味悪がるのを抑えるもくろみがあったようです。
しかし、肉の供給量はあまり増えず大正時代になってもそれは変わりませんでした。
昭和に入り、1945年頃、焼き肉屋のルーツとなる東京の「明月館」、大阪千日前の「食道園」が開店しました。
1958年に松坂肉牛協会が設立、行政が加わり松坂牛はブランド牛となり、東京に進出してゆきます。
1965年代朝鮮半島問題がきっかけとなって、韓国を支持する派閥が自らの店を「韓国料理屋」と名乗りました。
これに伴い、それまで全てが「朝鮮料理」「ホルモン屋」であったものが、北朝鮮を支持する経営者が「焼肉店」を名乗るようになりました。
これは苦肉の策で、焼肉とは「プルコギ」の和訳でした。
朝鮮の焼肉は、タレを使用しないものでしたが、タレをつけて焼くという方式が日本から半島に伝えられたそうです。
焼肉は日本発祥ではないようですが、焼肉のタレをつけて食べるというスタイルが日本の発明なんだそうです。
1980年、名古屋の株式シンポが無煙ロースターの開発に成功し、煙の臭いがつくのを気にしながら食べていた焼肉は、サラリーマンや女性にも人気となりました。