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12月7日はクリスマスツリーの日

 

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今日は何の日?

12月7日はクリスマスツリーの日

 

1886年のこの日、横浜で外国人船員のためにクリスマスツリーが飾られました。


また、日本で初めてクリスマスのお祝いが行われたのは、1874年、原胤昭(はらたねあき)が設立した原女学校だと言われています。

 

 

クリスマスツリーは、クリスマスのために飾り付けられた木で、「知恵の樹」の象徴とされています。

別名の聖樹(せいじゅ)とも呼ばれます。

 

 

 

クリスマスツリーの構成は以下のようになっています。

 

ツリー本体

クリスマスツリーの用材には、常緑の針葉樹のおもに幼木が用いられます。


アメリカでは、年間数千万本もの生木のツリーが流通しており、最も生産本数が多いオレゴン州だけでも700万本を超えます。


これら商業目的で生産されるツリーのほとんどは、規模が大きいため森林ではなく農地で生産されています。


この点で環境破壊と指摘されることは少ないですが、クリスマス後に一度に大量に発生するツリーのゴミの方が環境問題視されることがあります。


このためニューヨーク州を始めとした都市部や住宅地では、2000年代以降、リユース(鉢植えで使用後に農場へ戻す)やマテリアルリサイクルを行う取り組みが見られます。


クリスマス・キャロルの『もみの木』からもうかがわれるとおり、ヨーロッパでは、伝統的にヨーロッパモミが使われてきました。

 


現代では、入手が容易であることから広く使われるようになったドイツトウヒや、コーカサスモミ、ノーブルモミなども用いられます。


北米では、バルサムモミ、フラセリーモミ、グランディスモミ、ヨーロッパアカマツ、カナダトウヒ、コロラドトウヒ、アメリカトガサワラなどを用いることが多いです。


日本では、モミが主に使用され、他にトドマツや、オウシュウトウヒと同属のエゾマツなども使われます(トドマツやエゾマツは特に産地である北海道で使われます)。


常緑樹が使われるのは、冬の間も緑を保つため、強い生命力の象徴とされたためです。


また、『クリスマスの起源』(O.クルマン著)によれば、中世の聖夜の降誕祭の序幕において行われた、アダムとエヴァの堕罪の舞台劇で使われる「知恵の樹(善悪の知識の樹)」として、冬に葉が落ちてしまうリンゴの木の代用に、常緑樹のモミの木が禁断の木の実を飾るために使用されたのが由来ともされています。


プラスチック製のクリスマスツリーも存在しており、常緑樹に似せられた緑色のもの(グリーンツリー)が一般的です。


また、ホワイトクリスマスを連想させる白いプラスチックで作られたもの(ホワイトツリー)もあります。

選ぶ手間を省くため、オーナメントもツリーとセットにして一緒に販売されていることが多いです。

 

 

オーナメント
ツリートップ
ツリーの先端には、キリストの降誕を知らせたベツレヘムの星にちなみ、多くは星が飾られますが、イギリスなどではクリスマス・エンジェルという天使が飾られます。


リンゴ
アダムとイヴが食べた知恵の樹の実を象徴したものです。


現代ではオーナメントボールと呼ばれる飾り(金属光沢のあるメッキボールやガラス製のグラスボール)になっていることが多いです。


キャンディケイン
杖の形をした飴です。


ろうそく・電飾
現代ではろうそくの代わりにLED照明で電飾が飾られます。


以前使われていた豆電球の配線は、直列に配線されたものが多く、1つ切れると探す手間がかかるものが多かったですが、近年では並列に配線されているものが一般的です。


2010年代からは、省電力で長寿命である発光ダイオードの特性を活かしたLED照明を用いています。

また、点滅するもの、さらには音楽にあわせて点滅するものもあります。


電飾の色彩も、かつては赤青黄緑といった複数色を配置した非常にカラフルなタイプが主流でしたが、クリスマスを楽しむ世代が20代カップルにまで広がるにつれ(他、電球からLEDに使用部品がシフトしていくのに合わせる様に)、青一色など単色の電飾タイプが市場の大勢を占めていく変化を見せました。


近年では、再び複数色電飾タイプ(ただし、こちらもLED使用)が勢力を盛り返してきています。


1990年代中期より、光ファイバーを電飾部品に用いたタイプ(光源にモーター稼動する彩色フィルター回転盤を組み合わせることにより、時間経過で一斉に色が変化)も登場し、こちらも定着しています。


モール、ガーランド、リボン、ベル
モールやガーランドなど金属光沢のある飾りをツリーに直接かけて飾ります。また、リボンやベルなどを糸で吊り下げて飾ります。


菓子類
箱入りのポップコーン、クッキー、ビスケット、ドーナツなど。実物(クリスマスツリー用に販売されるものなど)あるいは実物を模したものを糸で吊り下げて飾ります。


綿等
雪を模した綿(スノーブランケット)や雪の結晶の形を模したプラスチック製の装飾(スノーフレーク)など。

 

 

クリスマスツリーはキリストとはおよそ無関係です。


原型は北欧に住んでいた古代ゲルマン民族の「ユール」という冬至の祭で使われていた樫の木だそうです。


冬でも葉を枯らさずにいる樫は生命の象徴とされていました。

 

このドイツの民をキリスト教に改宗させる試みがなされましたが、樹木信仰が根強かったので、樫を樅(モミ)に変えることでキリスト教化しました。


樅の木は横から見ると三角形で「三位一体」を表していると教えました。


父なる神が頂点で、子と精霊が底辺の両端に位置するそして、1419年にドイツのフライブルクで、パン職人の信心会が聖霊救貧院にツリーを飾りました。


この記録が、クリスマスツリーをクリスマスに飾る行為の最初とされています。


1600年代には、ドイツ各地で記録が残されています。ベルリンには1800年頃にツリーが伝わっています。


イギリスへは1840年、ヴィクトリア女王を通じて伝わりました。

夫のアルバートがドイツ出身であったため、彼のためにクリスマス・ツリーに飾って見せたところから。1860年代に一般にも広まるようになりました。


アメリカ合衆国で最初のツリーは、ドイツ移民によって1746年に飾られました。


アメリカで導入された当時は、アメリカ建国当初からいたイギリス系清教徒のアメリカ人から、「クリスマスツリーは異教の文化だ」と断じられて、反発されたこともありました。


現在では、キリスト教徒が少ない日本のような国でも、この風習は根付いています。


ロシアのヨールカは、日本の門松と同じく新年を祝うものですが、クリスマスの時期から飾られ、クリスマスツリーと何ら変わるところはありません。

 

 

日本では1860年、プロイセン王国の使節オイレンブルクが公館に初めて飾りました。


1874年には原胤昭(はら たねあき)により築地大学(明治学院の前身)で行われたクリスマス・パーティーに、日本初のサンタクロースとともに登場しています。


1885年に横浜で開業した明治屋が、1886年12月7日に外国人船員のためにクリスマスツリーを飾りました。

 

明治屋が1900年に東京銀座へ進出すると、銀座のクリスマス飾りは広く行われるようになり、同じころには、神戸でクリスマス用品の生産が始まりました。


日本のクリスマス行事は、1928年の朝日新聞紙上で、「クリスマスは今や日本の年中行事となり、サンタクロースは立派に日本の子供のものに」と書かれるほど定着していきました。


太平洋戦争中は影を潜めますが、戦後すぐに復活、1948年には東京駅などのクリスマスツリーが、(当時は国営鉄道であったため)宗教活動ではないかと問題にされ、運輸省が「季節的な装飾のひとつで宗教活動ではない」と釈明するひと悶着もあったそうです。


現代の日本においては季節的な装飾として定着しています。